本格化する投資家との対話要請にどのように対応すべきか(松島憲之)
1. 3月末公表の要請に東証の改革に対する本気度を感じる
東証は「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議(第9回)」で検討した『資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて』という資料を3月31日に公表した。これは上場企業の半数弱を占めるPBR1倍割れ企業に対して、具体的な対応を求める強いメッセージであり、企業経営者やIR担当者に激震が走った。
しかしながら、東証が急にこの話を持ち出したのではない。この内容は、1月に公表した「論点整理を踏まえた今後の東証の対応」のうち、以下の3点についての具体的な内容の取りまとめなのである。
①資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応(プライム市場/スタンダード市場)
②株主との対話の推進と開示(プライム市場)
③建設的な対話に資する「エクスプレイン」のポイント・事例
東証は公表文に、「これらの内容は、持続的な成長と中長期的な企業価値向上の実現に向けて重要と考えられる事項をまとめたものであり、規則上の義務付けを行うものではないが、上場会社に、投資者からの期待を踏まえ、積極的に実施していただくことをお願いするものとしている。」と書いている。しかしながら、その開示要求内容は過去に例を見ないレベルの要請であり、東証の改革に対する本気度が伝わる。
東証は世界と比べて魅力が乏しくなった日本の株式市場の活性化を目指すものの、多くの企業経営者がその危機感を共有していなかった点を危惧していた。今回は、企業経営者の従来の手ぬるい対応に喝を入れるのが目的だと考えて良いだろう。
金融庁もコーポレートガバナンス改革を仕切り直すため、資本効率改善や社外取締役の質向上につながる行動計画案を公表し、改革の象徴とされるPBR1倍割れ是正に動く東証と歩調を合わせている。企業経営者も本腰を入れた改革に取り組まざるを得ない。
2.「株主との対話の推進と開示について」の内容
最も注目したのは、「株主との対話の推進と開示について」で、プライム市場上場企業に具体的な施策実施を要請したことだ。
株主との対話の実施状況等に関する開示要請は以下の5つである。
①対話の企業側対応者
②対話した株主の概要(国内外の別、アクティブ/パッシブの別、グロース/バリュー/配当重視などの投資スタイル、対応者の対応分野(ファンドマネージャー、アナリスト、ESG担当、議決権行使担当)など)
③対話の主なテーマや株主の関心事項(特に株主から気づきが得られた対話や、経営陣等の説明により株主の理解を得られた対話の実例)
④対話において把握された株主の意見・懸念の経営陣や取締役会に対するフィードバック実施状況
⑤対話やその後のフィードバックを踏まえて、取り入れた事項があればその内容。
これらを全てホームページなどで開示している企業はないと思うが、しごくまともな要請である。
3. 投資家との対話をどのように実行するのか
最大の課題は投資家との対話機会の設定だ。『伊藤レポート3.0』で公表された『価値協創ガイダンス2.0』でも、企業と投資家との対話の重要性を強調している。これは、投資家との対話の重要性を熟知している証券業界出身の委員の意見などが採用されたからだ。
しかしながら、現実には投資家との対話を積極的に行ってこなかった企業経営者のうち、投資家について熟知している人はほとんどいないだろう。
まず、企業経営者やIRが投資家についての知識を身につけることが最初の一歩である。
これには内閣府が3月末に公表した『知財・無形資産ガバナンスガイドライン2.0』を活用するのがよい。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/governance_guideline_v2.html
25ページから『Ⅲ企業価値を顕在化するコミュニケーション・フレームワーク』の章が始まるが、ここで記載されている投資家の多様性や企業と投資家・金融機関の思考構造のギャップを埋める必要性の解説などが参考になる。他ではこのような解説はほとんどない。
投資家との対話を怠っていた企業は、投資家にいかに興味を持ってもらうかが最大の難題だ。投資家が興味を持たねば対話の入り口にさえたどり着けない。
3,800社以上ある上場企業のうち、証券会社に所属するセルサイドアナリストがカバーする企業数は500社程度しかない。残りの3,000社以上はアナリストレポートが発行されておらず、投資家がその内容を深く知る機会で大きく劣る。
セルサイドアナリストのカバーがない場合には、自社をアピールするためにスポンサード・レポートで決算内容などを定期的に発行して伝える必要がある。有力な投資家が外国人投資家であるため英文でのレポート発行も必要である。
ただし、単にレポートを作成するだけではだめで、ターゲットになる投資家を選別してデリバリーする必要がある。これが隠れた重要ポイントである。
投資家がまだ知らない潜在的企業価値(非財務情報)と将来の成長性(財務情報)を具体的に見える化して伝えることができればベストだが、これを統合報告書で具現化する動きが今後は増加するだろう。
このような対応を自社でできない企業が、コンサル会社に応援を頼む動きが急増しており、コンサル会社もポストTCFD対応として稼ぐネタにしようとしている。普通の能力を持つコンサルタントなら企業の事業改革は立案できる。しかしながら、PBR1倍割れからの脱出のために「投資家との対話の実現」を目指すなら、表面的な投資家知識しかないところよりも、投資家との対話経験が長い証券出身のコンサル人材がいる会社へ依頼するのがよいだろう。今後の需給バランスから考えると、依頼は早い者勝ちになる。
2023年5月27日