サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)改革がなぜ株価上昇につながるのか?①(飯塚尚己)
ガバナンス改革
サステナビリティ経営に対する関心が急速に高まっている。今年の株主総会では、気候変動関連の株主提案が大きな注目を集めた。改訂されたコーポレートガバナンス・コードへの対応や様々なステークホルダーとの建設的対話の強化が求められる中で、日本企業のサステナビリティ課題に対する対応は飛躍的に加速することが見込まれる。
ただ、ここで経営者が疑問に感じるであろうことは、果たしてサステナビリティ課題への対応は企業価値の増大、もう少し俗な言葉を使えば株価上昇につながるのかという点であろう。筆者は、答えはイエスと確信しており、その理由を何本かのレポートで皆様にお伝えしていきたい。初回となる本レポートでは、「ESG」の最重要項目といってよいG、コーポレートガバナンス改革と株価の関係について考える。
第2次安倍政権以降のコーポレートガバナンス改革
やや旧聞に属する話となるが、安倍政権のコーポレートガバナンス改革は、アベノミクスの成長戦略の中で最も成功した政策の一つと市場関係者の間では評価されている。あまり知られていないかもしれないが、日本の会社法は株主に非常に強い権利を保証しており、株主は潜在的には企業経営に大きな影響を及ぼすことができる(それ故に、伝統的な日本企業は政策保有株式の持ち合いによって「物言わぬ与党株主」の多数派工作を図り、敵対的な株主提案をする「物言う株主」の圧力を排除する相互安全保障体制を築いてきたわけである)。安倍政権のガバナンス改革の一つの特徴は、この株主が本来持っている強い権限を企業のガバナンス改革の梃子とした点にある。
安倍政権(そして安倍政権を継承した菅政権)のガバナンス改革には3つの柱がある。第1は、機関投資家等の行動原則・自己規律を定めた「スチュワードシップ・コード(SSC)」である。株式投資の最終受益者(公的年金基金であれば国民)の利益を最重視すること、そのために投資先の事業会社との対話を強化することなどが定められている。第2は、事業会社の行動原則・自己規律を定めた「コーポレートガバナンス・コード(CGC)」である。取締役の機能強化など望ましいカバナンス体制や投資家との対話の強化などが定められている。第3は、投資家と経営者の建設的対話のバイブルである「伊藤レポート」である。ROEなどの資本収益性や資本コストの認識の重要性などが強調された。
この3つの柱による改革の枠組みが良く機能してきた一つの理由は、日本企業のガバナンス改革の進展や投資家による対話の量的・質的改善に合わせて、それぞれの内容がアップデートされてきたことである。SSCとCGCは3年に1回を目途とする改訂が行われることとなっており、昨年にはSSCの2回目の改訂、今年はCGCの2回目の改訂が行われた。別の機会に詳しく述べることにするが、ここでの改定ではサステナビリティ課題への対応が大幅に拡充された。「伊藤レポート」についても、2017年には無形資産投資の重要性などを強調した「伊藤レポート2.0」、投資家と経営者の対話の「共通言語」を定めた「価値協創ガイダンス」が公表された。そして今年は、経済産業省が伊藤邦雄教授を座長とする「サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)」が5月から開催されている。
ガバナンス改革は株価上昇につながるのか?
ここで、本日の主題であるコーポレートガバナンス改革と株価の関係について考えたい。前述の通り、安倍政権以降のガバナンス改革に対する市場関係者の評価は総じて良好である。筆者は、これまで複数の証券会社でエコノミスト/ストラテジストとして海外投資家と議論を行ってきたが、日本経済や株式市場に大きな関心を示さない投資家も、ガバナンス改革(現在はESG改革)の話題になると熱心にメモを取りはじめる場合がほとんどであった。そして、海外投資家からよく質問を受けたのが、ガバナンス体制が整った企業を客観的な基準で選別することはできるか、そしてそうして選別した企業の株価はベンチマークとなる株価指数(例えばTOPIX)を上回るパフォーマンスをあげるのか、の2点であった。
こうした照会に対応するため、筆者はかつて「ガバナンス改革が進んでいる企業グループ」、「平均的なガバナンス体制の企業グループ」、「ガバナンス改革が遅れている企業グループ」の選別を試み、その株価パフォーマンスを分析した。選別の基準は、①取締役会の機関設計(ウエイト45%)、②株主構成(同30%)、③資本収益率(同13%)、④IR体制(同12%)、の4項目である。結果は驚くべきもので、日経平均株価の構成企業の中でガバナンス体制が優れている上位10%の企業の株価は、分析対象期間の6年半の間に平均的なガバナンス体制の中位10%の企業の株価を約2割上回る水準まで上昇していた。そして、ガバナンス体制が未整備の下位10%の企業の株価は、平均的な企業の株価を2割下回る水準までしか上昇していなかった。つまり、ガバナンス体制の巧拙によって、6年半で企業の株価には4割の差が付いたわけである。
企業が本来もつ理論的な企業価値と株式市場の評価(時価総額)は短期的には乖離することがある。ただ6年半という長期を前提にすれば、株式市場の企業価値の評価は、本質的な企業価値と一致している可能性が高い。上記の分析は、ガバナンス改革が会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に確実に成果を上げていることを示す、一つの実証研究の事例である。次回のレポートでは、ガバナンス改革が企業価値に影響を及ぼす理由を考えてみたい。
SESSAパートナーズ
チーフストラテジスト 飯塚尚己
2021年6月30日