「東京五輪観戦記」(松島憲之)
新型コロナウイルスの感染拡大リスクがある中での東京五輪開催には賛否両論があったが、世界から集った選手たちが熱戦を繰り広げた東京五輪は大成功だったと思う。
私にとって、今回の東京五輪は二度目の経験である。小学校2年生の時にTV観戦して感動した1964年の東京五輪の記憶は今も鮮明だが、今回の東京五輪でも日本選手の大活躍をともに応援して若返った気分になっている。子供の時は試合観戦だけで手いっぱいだったが、今回は試合以外の様々なところで面白い発見をしたので、アナリスト的な五輪観戦記としてどのような見方をしたのかをほんの少しだが紹介する。
(1)国際社会へのアピール
五輪は開催国の国力や文化を世界にアピールする場である。1964年の東京五輪は、太平洋戦争の敗戦からわずか19年で見事に立ち直り、平和国家となった日本の姿を国際社会へ大いにアピールした。米軍から返却された代々木のワシントンハイツ跡地に国立競技場や選手村が作られたのがその象徴だろう。また、今でも我々が使用する東海道新幹線が開通、首都高速道路や名神高速道路などのインフラ整備がなされ、その後の日本は高度成長期に寄与したのである。また、五輪競技は衛星放送を通じて海外へも放送され、世界中の人たちがTV観戦した。現代につながるTV映像でのリアルタイム観戦時代の幕開けだったのだ。
今回の東京五輪は、東日本大震災からの復興を世界に見せるはずであったが、残念ながらそれはかなわなかった。その代わりに、東北3県の花のビクトリーブーケをメダリストに贈ることで、震災復興への強い想いを世界の人々に伝えることができたと思う。
過去の夏の五輪の中止は、第6回(1916年ベルリン)、第12回(1940年東京)、第13回(1944年ロンドン)と3回あったが、いずれも世界大戦が理由である。今回の東京五輪は新型コロナウイルスと人類の戦いの下での開催であった。感染拡大の余波で1年間の延期を余儀なくされたが、困難を克服して開催した意義は極めて大きい。
万が一、中止などという間違った決断をしていたら、日本は国際公約を守らない国として信用が失墜していたに違いない。次は2024年のパリ、そして2028年のロサンゼルスでの開催が決定している。東京五輪でのウイルス感染防止対応などのノウハウ(成功した事例だけではなく失敗した事例の改善点)は人類にとって重要な知的財産であり、これを世界に広めることで日本や東京五輪の評価が一段と高まるだろう。五輪閉会式で終わりではなく、むしろこれからの貢献が需要なのである。
(2)環境関連技術の実用化をアピール
今回の東京五輪では多くの新技術が実用化されいる。まず、私が注目したのはエネルギー革命の本命である水素技術の実用化だ。五輪の象徴の聖火は石油ではなく水素を初めて使用することで、脱炭素を世界にアピールできた。今回は五輪の最高位スポンサーのCM放送見送りが多かった中で、ENEOSは聖火と大会用燃料電池車(トヨタが供給)への水素供給をしっかりアピールしていた。
気候変動対策は急務だが、脱炭素実現のために日本が世界に誇る水素技術を活用した今後の新インフラ構築が、明るい未来をもたらすことに期待したい。
東京五輪では環境関連の取り組みが色々ある。表彰式でおなじみになったサンライズレッドの日本選手団の公式ウエアは、アシックスが全国から集めた古いスポーツウエアから生み出した繊維で製作している。アパレル産業の生き残りの課題であるリユース・リサイクルへの挑戦でもある。また、アシックスは3D計測したデータも基にスタッフが選んだスニーカータイプのサンダルを選手に無料配布したが、これが好評だった。
P&Gジャパンは約100台の表彰台を廃プラから製作した。表彰台を製作するために、自社の使用容器を回収する努力をしている姿をTV番組で見たが、かなり頑張っていた印象だ。家庭用洗剤などの廃プラは大きな課題だが、この解決策の提示だった。
また、選手にとって一生の思い出となるメダルの材料は、小型家電などの『都市鉱山』から集められた金属で製作された。貴金属のリサイクル精度の向上は未来社会にとって重要な課題だが、リサイクル技術で優れている日本の本領発揮であった。
(3)TV観戦の中での注目点
アナリストの習性でいつも新たな発見を求めてTV観戦してしまう。最終日の男子マラソンでは選手の靴に注目した。1960年のローマ五輪ではエチオピアのアベベ選手が裸足でローマの石畳みを走って金メダルを取った。この話の絵本を読んでいた私は、1964年の東京でもアベベ選手はてっきり裸足で走ると思い込んでいた。しかしながら、TV画面に現れたアベベ選手はランニングシューズを履いておりびっくり。アベベ選手は圧倒的な走りでマラソン史上初の2連覇を達成したのをよく覚えている。今回の男子マラソンでは金銀銅メダルの3選手がナイキで、6位入賞の大迫選手もナイキであった。箱根駅伝でも多くのランナーがナイキのピンクの高反発厚底シューズを使用していたが、東京五輪でもナイキの圧勝だった。
自動車アナリストの経験が長い私は常に先導車に注目する。マラソンや駅伝ではスポンサーのトヨタのクルマを使用するケースが多いが、今回はトヨタのEV『TOYOTA Concepy-愛i』が登場した。このモデルのプロトタイプを2017年の東京モーターショーで見たが、聖火リレーからマラソンまでフル稼働しており、トヨタにもEVありという存在感をみせた。残念ながらNHKはそんな話はしないし、最高位スポンサーのトヨタが五輪期間中のCM放送見送りを決めており、一般向けには十分なアピールはできなかったのは残念。灼熱の中、トヨタ所属の服部選手も熱中症になりながら頑張って完走。ゴール後は車椅子で運ばれる姿が映っていたが、車椅子がトヨタのウェルチェアであったどうかは確認できなかった。
トヨタは3700台の車両を提供した。有明テニスの森などではラストワンマイル移動用にAPMを、選手村では巡回バスとして自動走行のe-Paletteを提供しており、未来社会に対応するクルマでの新技術をみせていたが、これも一般の人は気がつかなかったろう。本来なら、トヨタが目指すスマートシティと車が融合する夢の未来をみせることができたのだが、残念なことをしたと思う。いずれ、トヨタイムズで出るかもしれないが。
(4)選手やチーム情報の取得で楽しみが倍増
私は長年アナリストの仕事をしていたので、常に情報収集するという癖が抜けない。試合観戦中に選手やチームの情報などをネット検索してその所属先などの情報を確認する。選手の情報がわかればより親近感がわく。
ソフトボールの後藤選手(トヨタ)がお馬鹿の市長に金メダルを噛まれて大問題になったが、ソフトボールの所属先はコマーシャルにも出ている上野選手らのビッグカメラ、トヨタ、デンソーなどが中心。残念ながらパリでは協議が見れれないが、上野投手が金属バットを折り曲げた投球にはびっくり仰天した。
私は中高でバスケットボール選手だったので、今回の女子チームの銀メダルには感動した。デンソーの社外監査役をしていた頃、時々東京地区開催のWリーグの試合の応援に行ったが、キャプテン高田選手と長身の赤穂ひまわり選手の活躍は特に嬉しかった。女子バスケットボールチームの快挙は、明らかに優秀なホーバスヘッドコーチの走力とスリーポイントを主軸にした指導の結果である。どんな競技でも優秀な選手、優秀な指導者、優秀な支援者がそろえば強くなる。まだ、日本人指導者に固執する競技があるが、そのような内向きの姿勢では変革はできない。企業経営者にも同じことがいえよう。
大学の2年生の体育の授業でフェンシングを選択、64年の東京五輪フルーレ団体4位の田淵先生に教えていただいたので、フェンシングのルールはわかる。今回は、男子エペ団体の試合をずっと見ていたが、金メダルへの逆転劇の連続には感動した。大活躍した見延選手の所属するネクサスが報奨金1億円を出したことにも驚いたが、それくらいの価値はある。
リアルタイムのゲーム進行の中で、選手情報やチーム情報をTV観戦しながら得ることができるのがネット時代の良さだ。当然、ライバルの情報分析を行い、それに基づいたトレーニングを積み、現場でのリアルタイムの情報分析も試合に活かす。まさに、情報を制する者が勝負を制す時代になっている。初日から金メダルを量産した柔道も、男子チームに井上監督が就任してから画像分析などを取り入れてライバルの研究をしたことを、ウルフ選手が語っていた。根性も必要だが、もはや根性だけでは勝てない。
スケートボード、サーフィン、スポーツクライミングなどの新競技では、日本のヤングパワーが爆発。堂々とした内容でメダルを獲得していた。孫のような年齢の選手が金メダルを獲得する姿を見ると、将来の日本も明るいと思った。女子スケートボードの選手は、皆が仲良しで和気あいあいの姿を見せてくれたが、それを見ると心が和んだ。
金メダルの期待が高かった柔道、体操、レスリング、野球、ソフトボールなどは期待通りのメダル獲得をしてくれた。素晴らしいことだ。これらの人気競技に比べて、オリンピックの時くらいしか国際試合のTV放送がないハンドボールや水球の試合も見た。残念ながら予選で敗退したが、昔に比べると体力や持久力で外国人選手と十分戦えていたのには驚いた。トレーニングの進化に加え、科学的に分析して効率的な栄養補給ができる食事の提供、疲労回復のためのノウハウなども貢献したようだ。また、競技によってはしっかりとしたメンタルトレーニングも行っていたようで、本番に強い選手が多かった。このような影の主役が指導する、科学的な食事療法、効率的な身体トレーニング、メンタルヘルスは、高齢化社会における健康管理に活用できるはずである。これらを応用する企業の成長性に期待したい。
(5)コンプライアンスとガバナンスの重要性
大会開催直前での開閉会式演出家などの解任などのバタバタ騒ぎは大反省点である。過去のいじめ騒動やユダヤ人迫害に対する無知などが理由であったが、ネット社会では過去の負の遺産が永久に消せないのは常識だ。大会組織委員などを選出する時に、事前にしっかりと情報を精査せず、コンプラチェックを行わなかったことが問題である。
企業にとっても他人ごとではない。今後重要性が高まる社外取締役などの選任ではこのような失態をしでかすことはできない。社内人事も同様で、十分な注意が必要だろう。逆に言えば、このようなことをチェックする新ビジネスの成長性が高いともいえる。
直前まで、新型コロナウイルスの感染拡大懸念を理由に開催に反対する人もいたが、最近の世界各国での感染者数急増は、感染力が極めて高い変異株の登場が主要因である。世界中で感染者数が急増していることからも、東京五輪のせいでないのは明らかだ。
野党議員の中には開催反対を叫んでいるにも関わらず、自身の選挙区の選手が金メダルを獲得すると、すぐさまSNSで『おめでとうございます!』という配信した者がいた。開催に反対しているのに、何故選手の優勝を喜ぶのかという単純な質問に対して、開催問題と個人の成績とは別などという二枚舌の苦しい弁明をしていたが、見苦しい。朝のワイドショーでしつこく五輪開催に反対していたTV局が、金メダルを獲得した選手をゲストに招いた番組を放送する。これも、節操がないダブルスタンダードである。
企業経営者で最悪なのは、本音と建前が異なるダブルスタンダード経営を平然と行うことである。アクティビストは当然その違いを追求するし、株主や従業員や取引先などのステークホルダーからも信用されなくなる。TVや新聞がこのようなダブルスタンダードを平然と行っているようでは、信用力は減る一方だろう。
SNSを使用した選手などへの誹謗中傷も問題化した。これらの悪意ある行動に対して、日本はまだ法整備があまい。早急に法制化し、厳罰で処せるようにすべきだろう。SNSでの誹謗中傷の発信者は自身の本名などがわからないことをよいことに好き勝手している。今後必要な改善点は、誹謗中傷を行っている馬鹿者への倍返しである。当然ながら手ひどい社会的制裁が待ち受けることを知らしめることこそ予防策になるだろう。
東京五輪では、感染防止のために無観客で試合を開催したが、チームの大声援がTV画面を通じてよく聞こえ、いつもとは違う面白さがあった。日本人選手の大活躍でメダル獲得数も過去最高を大きく上回ったが、私と同様にTV応援で気持ちが高揚した人が多かったろう。
一番印象的だったのは、試合後のインタビューで大半の日本人選手が東京五輪を開催してもらえたことへのお礼を述べていたことだった。これを聞いた開催反対者はどう思ったのか。選手の感謝の言葉を聞くたびに、お礼するのは感動と歓びをもらった私の方だと思ったが、日本人の大半がそう感じたに違いない。
日本人選手が史上最高の金メダル27個獲得した。TV画面で日の丸がセンターポールで掲揚される画面を見ながら、君が代を20回大きな声で歌ったのが私の東京五輪の思い出である。
2021年8月15日